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人の心なんて教育できるものではない

 

『それこそ「その教育の目的はどこに置いているの?」と問いかけてみなければいけませんね。そうすれば、「きめ細かな指導」というような、よく分からない謎の言葉は使われなくなっていくんじゃないでしょうか。』

 

人の心なんて教育できるものではない 木村泰子氏×工藤勇一氏
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13846?layout=b

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工藤:現在、心の教育が大切だということを疑う人はほとんどいないでしょう。でも「目的と手段」という言葉を使って考えてみれば、「良い行動ができる人間を育てること」が目的で、心の教育はそれを実現するために行う「手段」ということになります。とすれば、見えない心を鍛えることも大事かもしれませんが、本当に大切なのは「行動」です。しかし現実には、良い行動を行なっている生徒に対して「内申点目当てなんじゃないか」と勘ぐったり、「あいつの心は、本当はああだ、こうだ」と非難したりすることがあります。つまりは「心」にこだわっているわけですよ。

木村:まさに目的と手段が逆転してしまっているわけですね。

工藤:そもそも、人の心を理解するなど、簡単にできることではありません。しかし良い行動なら頑張れば誰でもできる。目の前にゴミが落ちていたときに、それを拾うという行動は自分次第でできますよね。同様に、人を差別する心を完全に消し去ることはできないかもしれませんが、差別的な行動を取らないことは意識すれば誰でもできるようになる。私たちが生徒たちに大事にしてほしいと伝えるべきことは「心」じゃなくて「行動」なんです。

木村:同感です。「人の心なんて教育できるものではない」ということでしょう。講演のときにも岡本さんは「心の教育をやっている日本は、世界から笑われているよ」と簡単な言葉で教えてくれました。

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